空は青い

中身のない感想文

俳優オタクをやっていて考えること、記憶の記録と思考の整理。

タイトルの通りである。

なんかいろいろというか、追っかけている俳優関連で特殊な現場があり2週間悩み続けていたというか現場終わった今も考えがまとまらないのでブログにでもしようかな~って思った。

 

 

私は連ドラのゲストとして人を殺めたり、殺められたり、ただ怪しかっただけの人役をよくやる某俳優が好きで、行ける限りの現場に行ったり出演作品を観たりしています。

俗に言う俳優オタクです。

以前はオタクであることを否定していやただ好きな俳優を気が済むまで観ているパンピなんで……なんて思っていたけれど、たぶんパンピは都内で何度も観た舞台を地方公演まで観に行ったりしないのだろう。

まあでも私も別に都内公演から地方まで全ての公演を観に行っています!というほどの熱量は持ち合わせていないのでもっとオタクらしい人からすればそんな甘ったれた態度でオタク名乗ってんじゃねーぞ!と思われるかもしれない。

しかしこのオタクとは、みたいな話を始めるとキリがない。その人が生きている界隈と見ている世界でオタクの定義って変わってくると思うので。

 

私は俳優オタクです、とは思うけど決して推し活をしているつもりはないんですよね。応援と呼ばれる行為をしているつもりもないです。

好きな俳優の芝居を観て、様々な媒体での表現を観て、私の好きなように読み取って解釈して、かわいいねかっこいいね素敵だねなんて言いながら消費活動をしていると思っています。

私はもともとアニメと声優が好きなザ・オタクでした。アニメのキャラクターは存在してないし、声優も1人で万キャパ埋めれた人だったので私にとってはどちらもフィクションの存在で、その頃はオタク活動をしていることに対してなんとも思ってなかったんですよ。キモイ自覚はありましたが。

それがテレビへの出演はそれなりにあるし知名度もそれなりにあるけどそんなにファンが多いわけではない中堅俳優を追っかけるようになり、中堅俳優にしては珍しくなぜか話を聴く機会も直接話をする機会も度々あるため、そういった機会を得る度に激しく罪悪感みたいなものに苛まれる。

好きな俳優が生きている人間であるということを実感してしまうから。

その好きな俳優は普通に家庭も持っており、たまにそういう話も出てきてそういう話を聴くたびにウワ~~~!ってなってしまう。これは別にガチ恋感情を持ってオタクやっているからとかではなく、単純にあまりにも人間として存在していることを強く感じてしまうからである。食事している姿とかも正直キツイ、人間すぎるので。

あとさっき話に出したもともと好きだった声優は数年前に週刊誌に既婚子持ちがすっぱ抜かれ、以前から噂は知っていたので記事に対しては本当だったんか…という感情くらいだったんですけど、それについてラジオで言い訳みたいなことを話し出したことをきっかけに私のなかでその声優に対して抱いていたイメージみたいなものが全て崩れ落ち、この人って人間だったんだな~という当たり前のことに気が付き一気に興味がなくなった経験がある。

だけどこういう考え方ってもはや人権を否定しているんじゃないかって思うんですよ、ていうかそうなんですよ、だから実在する人物のオタクをやることの罪悪感がハンパないという話になるわけです。

 

 

本題。

先日、その好きな俳優が出演する映画の公開に向けた資金集めを兼ねた食事会的なイベントがあった。主催の監督と、ゲストとして好きな俳優が出演した。いや出演というか、ディナーショーみたいな形式では全くなく本当に同じテーブルで食べて飲むというイベントだった。

 

実は私が好きな俳優は約1年前にも別の映画のイベントの一環として俳優2人と監督などの映画関係者とファンが一緒に食事をするというイベントにも出ていた。私はこのイベントに参加していた。

ざっくり概要を書くと、客が数人しかおらずかつ私の好きな俳優目当てに来ていた客はおそらく私のみで関係者含めて15人ほどの食事会だった、特にファンと名乗るつもりもなかったのに会話の中で普通にバレたが此方も緊張しまくりのコミュ障のためこれといった会話はしなかった、好きな俳優が他の方と会話している姿を見ている時間が面白かった、という感じ。

話を聴いてる中で1番印象に残っている話が「人の顔を覚えられない」という話。

別の客がこんな機会できたら認知してもらえたんじゃないんですか~みたいなことを言い出したこときっかけにそんな話になったんだけど、覚えられなくてすみませんって謝られたのでめちゃくちゃ笑った、いや本当に笑ったわけではないけど。

この時点で私はその俳優を好きになってから6年経っていた。6年もその俳優を見ていればファンの顔を覚えないことは察しがついていた。それ以前にも別のイベントでちょっとだけ話す機会が何回かあって、別の登壇者にはぼんやりと覚えられているのにその俳優には私のこと知らないみたいな顔をされていたりとか、そういう考えに至った要素はいくつかあり、言われなくてもわかってはいたけどやっぱそうなんだね~という感じだった。

いやでもさー、オタクに面と面向かって覚えられないからって言ってくる俳優、おもしれー俳優すぎて大好きになっちゃうだろ!!!

俳優さんの仕事は芝居をすることでオタクの顔を覚えることは仕事ではないけれど、ファン商売とも言えるのにそんなことはっきり言うんだ、って思って、そこまで言われたらこっちだって覚えられてないという認識のもと好き勝手やらせてもらいますねー!という気持ちになった。

その翌週別のイベントで少し話す時間があった、覚えられていた。

それから2か月後にもイベントで少し話す時間があった、覚えられていた。

更に2か月後にイベントで少し話す時間があった、覚えられていた。

いや大噓つきやんけ。

さすがに2週連続で話しができた時はこちらから申し出ればわかるだろうとは思っていたけど向こうから言ってきたからエェ…って思っちゃったよね……。

そもそもオタクの顔覚えないだろうと思っていた理由として定期的に顔を合わせられるわけではないから、ということがある。

舞台作品には年1作くらいのペースでご出演されているけれど観に行っても待ちとかしなかったし、終演後に見かけても声かけなかったし、公的現場以外で話したことがなかった。

とはいえ舞台はそこそこ観に行っていたし、カテコ立ち位置前列狙って入っていたりすることもあったから私が自分のファンだとは認識してなくてもこの顔どこかで見たことないですか?とは思ってた。たぶんなかったのでウケます。

だから2か月ごとに顔を合わせる機会が続いたとき「あー」って言われる度にびっくりしちゃって。

 

本題、と言ってからの前置きが非常に長くなった。

そしてそれから半年、この期間にあった舞台作品は1作品6公演全ステしていたけれど顔を合わせたわけではないので会ってないとして、今回、その食事会的なイベントで久しぶりに顔を合わせた。

此方から言う前にまた「あー」って言われて、覚えられていたことにびっくりして一気に緊張した。普通にもう覚えてないと思っていたので。

昨年もだったけど今回も話したいことはなかったのでほとんど会話しなかったんだけど、私が1年前の似たようなイベントに来ていた話を他のお客さんも聴いているなかでされてなんかもう超怖くて。しかも今回は同厨もいたのでね…オタクはマウント張りがちだと思いますが俳優の方からこの人前にも来てて~って言うことあるか?もう一生顔出せねえって思いながら翌週の同じイベントを帰り道に予約した。

そうなんです、このイベント2週連続だったんです。

まあ行くつもりではいたんだけど2週本当に行っていいかわからなかったから最初から予約はしてなくて、好きな俳優が〆の挨拶として来週もやりますので的なことをお話されていて来週も同じ客来ていいんだ、って確信して予約した。

私があまりにもコミュ障で人見知りでどうしようもない人間で1週目はかなり肩身が狭かったため、翌週は知人について来てもらった。

まあさすがに半年空いても顔覚えられてたんだから今回は私のこと覚えてるかな…とは思わず、でも向こうも「あー」って言ってこなくてオォ…?って感じだったけど、まあ全然普通に覚えられている前提の会話をした。知人も俳優オタクでなおかつ私が好きな俳優と共演経験もあるので話題として十分だった、ありがてえ。

相変わらず話したいこともないのでこれといった会話はしなかったけど、それでも他のお客さんと話している好きな俳優の姿を見ている時間は楽しいし、私の好きな俳優は芝居だけではなく自分から話をするのも人から話を聴きだすのもお上手なので非常に楽しい時間を過ごした。

 

なんか…私と私の好きな俳優の関係値の築き上げを説明していてなんじゃこれは、なブログになっている。

じゃあここまでが記憶の記録ということで……。

 

 

思考の整理。

序盤にも書いたけれど実在する人物のオタクをやっていることにずっと罪悪感がある。私が何かを思うように相手も何かを思うような人間だからである。

これが非実在の人物だったならばどんな感情をぶつけても許されるように思うけれど、実在しているとそういう訳にもいかないじゃないですか…逆に演じた役に対してなら何を思ってもいいとは思うんだけど。

作品とか、キャラクターとか、作られた商品に対しては面白いもつまらないも好きも嫌いも思うことは自由だと思うんです。どこかに発信するならTPOをわきまえる必要があることは当然として。

でも私の好きな俳優は実在しているんですよ~私が何かを言ったことに対して何かを思う可能性があるというわけです。ファンの人として好感を持たれる可能性もあるけれど、嫌悪感を持たれる可能性もあるというかそちらの可能性の方が圧倒的に高くて普通に恐怖。

例えば作品の感想を伝えたとして、感想を話すこと自体は表現者の方にとって悪いことではないと思うけど内容があまりにも的外れだったりマイナスな話をすればやっぱり向こうとしてもいい気はしないじゃないですか、とオタクは思うわけです。

そもそもまず私自身が真っ当にその作品を楽しめているかどうかというのは何においても自信はなくて。だからSNSでバーッと吐き散らかしたり、小さいコミュニティで感想を発信する分にはすっごく気にするということはないんだけど、好きな俳優に手紙で感想を書くとなるとめちゃくちゃ気を使うわけです…当たり前のことではあるけど。あまりにも思ったままに書くと表現的に良くないなって思ったり、語彙力がないばかりに同じ言葉を多用しそうになった時にはワードと類義語で&検索したりしてね。それを会話という瞬発的に口で伝えるとなるとすごく難しいように私は思うので、先日の食事会とかで話ができないって思うんですよ。

感想だけじゃなくて作品の解釈的な話にしても、私の好きな俳優は作品の話をしてもあんまり覚えてなさそうって私は思っているので作品のこと聴いて覚えてないって言われたら私がショックだし、覚えてない話をさせようとしたことが非常に申し訳なくなるし。だから相互のやり取りが発生する会話を好きな俳優としたくないんですよね~。なんかちょっと話の趣旨とずれた、これは私の感情だ。

 

兎にも角にも、相手を不快にさせたくない。これは人間社会を生きる者として当然の思考ではあるけれど、そもそも自分自身と一切関わりがないのにテレビという媒体を通してこちらが一方的に好きになってファンになってあれこれ感情を抱いてっていうのが気持ち悪いのに、それを真っ向から言葉としてぶつけるっていうのが無理すぎる。

それが覚えられているとなると余計に気にしてしまう。ここまで長々と覚えられていることを語ってきた理由です。覚えられていなければその場その場で印象がついては消えていくだろうけど、覚えられていると過去の発言や態度からついた印象がこの先ついてくるわけじゃないですか。向こうは役者さんだから、どれだけ私という客が嫌いでも客だから無下にはできないと思うし、お芝居で嫌悪という感情も隠されてしまう気がして。もし嫌われているのなら、何回も目の前に現れてしまって申し訳ないという気持ちになる。

でもこれって絶対気にしすぎなんですよね~…推し武道で気持ち悪い接触をしたことを嘆いているえりぴよに対してレナちゃんが本人は気にしてないと思うって諭すシーンがありましたけど、この言葉の通りだと思う。舞奈とえりぴよは違ったけど。世の中の演者とオタクのほとんどはオタクが勝手にその時間を特別にしているだけ…ガチ恋粘着獣でそんなこと言っている登場人物がおりましたね。勝手に大切な時間にして、勝手に気にして、勝手に落ち込んでいるだけ。

でもこっちも向こうも人間なんだから気にしないわけにはいかないじゃないですか!?という感じに思考は巡り巡って答えは出ない。

私がなんでそんなに気にするかってやっぱり嫌われたくないからなんですよね。向こうを不快にさせたくない気持ちももちろん本当だけど、私が好きで観に行っているのに向こうから明らかに嫌われたらこの先に観に行くことってできなくなるじゃないですか。まあ舞台で客席の一人になるくらいならアレだけど……。

はーーー、私というオタクがあまりにも自己中心的すぎる。

 

なんか好きな俳優とのコミュニケーションが向かないっていうか、そもそも私がどこかの誰かとコミュニケーションを取ることが向いていないんだと思う。

だから本当にこんなキモイオタクがファンになっちゃって申し訳ないって思ってる。すみません。マジでいつかきもくてすみませんって謝りたいって思ってるんだけど、それについて謝罪することすらキモイ。はあ。

 

しかしこれだけ覚えられていることについてなんだかんだ言ってきたけれど、嬉しくないわけがない。嬉しいよ、だってファンのこと覚えられないってわざわざ言ってきたのに覚えてくれてるんだもん。私が好きな俳優が自分にファンがいることをちゃんとわかってくれているのは嬉しいよ。まあ私以外にもファンはたくさんいるので当然承知されているだろうけどさ。

でもこの覚えてくれてるっていうのは、ファンと顔を合わせる場というのが必須条件になる。たぶん街中で遭遇して声かけても私のことわからないと思う。

それは覚えてもらってないのでは?はい、その通りです。てか私名乗ってないしね、名前書いた手紙を直接渡したこともあるけど覚えてないだろうし、そこまで私も覚えてもらおうと思ってない。無理だとわかっているので。

 

うだうだ文を打ってきたけれど、やっぱ考えすぎなんだろうな~としか。覚えてもらおうが忘れられようが俳優とそのファンであるということは変わりようがないのだし。お金を出した対価として芝居といった表現や対応をしてもらっているだけなのだし。

今ここまでの文読み返してきて自分で自分をキモイなと思う。そこまで好きな俳優との会話に悩むならもっと自分の生活の中で発生する会話にも気を配った方がいいですよ、はい。

 

せめて好きな俳優の今後の活動のプラスになるような応援ができれば、と思う。

序盤に書いたけど私は応援していない。その人の表現が好きで面白いから観たいだけ観に行っているだけ。応援と呼ばれる行動の一環なのかもしれないけれど、私は応援じゃないと思う。だって私の好きな俳優は私がいなくても新しい仕事がたくさん舞い込んでくるくらい面白くて素敵な役者さんだから。

 

結局さ、私は私の好きな俳優がこれからも面白い俳優でいてくれる限りは私は出演作品を観ていくし、どんな現場でも行ける限りは行くんだと思う。

このスタンスは今後変わるかわからないけれど、どうにか少しでもまともなオタクになれたらいいなあ。もしくはさっさとオタクをやめてまっとうな人間になりたい。

 

終わり。